2026年7月、南アフリカの規制下にある暗号資産取引所VALRが、200を超えるperp(無期限先物)市場を自社アプリで提供し始めました。板と清算を担っているのはHyperliquidです。取引所が、別の取引所の裏側で動いています。
Hyperliquidは「自分で市場を運営する取引所」から「外部の事業者が市場やアプリを建てるための基盤」へと役割を広げつつあります。本記事はこの開放を4つの層に整理し、そこから生まれた収入と弱点までを扱います。
この変化が独自トークンHYPEの価格にどう効くかは、第10章であらためて扱います。ここで追いかけるのは、いま何が起きているのかという構造です。
B-20からB-28までに登場した仕組みは、取引所のどの機能を外部に開いたかで4つの層に分けられます。①取引の入口、②市場の開設、③資産の発行、④決済・実行です。第5章・第6章で個別に扱ってきた記事を、この4層に対応づけて1枚の表にまとめます。
| 層 | 開放の仕組み | 規模の目安 | 詳細記事 |
|---|---|---|---|
| ①取引の入口 | ビルダーコード:外部アプリが自前の画面で取引を仲介し、手数料を上乗せできる | 累計収益 約9,000万ドル | B-23 |
| ②市場の開設 | HIP-3:外部のデプロイヤーがperp市場を設計・運営できる | 30日出来高 約1,200億ドル | B-26・B-27 |
| ③資産の発行 | HIP-1のオークションによるトークン発行と、UnitによるBTC等の持ち込み | Unit経由の資産 約4.9億ドル | B-20・B-11 |
| ④決済・実行 | HyperCore(板・清算・決済)とHyperEVM(スマートコントラクト環境) | チェーン上のステーブルコイン 約62億ドル | B-9・B-22 |
※規模欄の補足。①は2026年7月末時点で約142億円。ビルダーコードを統合したチームは100以上とされます(2026年5月の公式発表)。②は約19兆円で、オンチェーンで確認できるHIP-3 DEXは9つ。集計元により幅があります(B-26)。③は2026年3月時点で約774億円。HIP-1のオークションは累計470件超です(2026年8月時点・オンチェーン集計)。④は約9,800億円。HyperEVMには175超の開発チームがあります(2026年2月時点)。いずれも外部集計を含む概数です。
4つの層に共通するのは、かつて本体だけが担っていた機能を、本体以外の事業者が担えるようになったという一点です。入口は外部アプリが、市場の運営はデプロイヤー(B-26)が、資産の持ち込みは発行体が、それぞれ商売として引き受けています。②の開放は、HIP-4(外部の事業者が予測市場を開設できる規格)にも広がりつつあります。HIP-4は2026年2月に発表され5月にメインネットで稼働しましたが、外部ビルダーへの開放自体は2026年7月末時点でテストネットにとどまります。B-27で見た株perpという商品カテゴリも、この開放が生み出したものでした。第6章がHIP-3に多くの紙幅を割いてきたのは、②の開放が2025年10月に始まったばかりで、現在の変化の中心にあるためです。なお、外部トラッカーの数値は集計方法で変わるため、最新値は各ダッシュボードでの確認をおすすめします。
この開放がどれほど珍しいのかを、先に確認しておきます。取引所という業態では、市場の運営権を外部に渡さないのが通例です。伝統金融の取引所が外部に開いてきたのは、接続用のAPIや相場データの販売といった周辺サービスであり、上場の判断・値付け・清算という中核は、免許を持つ主体が独占してきました。HIP-3が外部に渡しているのは、この中核そのものです。B-26とB-28で確認したとおり、上場の判断も、清算の基準になるオラクルも、取引停止の権限も、デプロイヤーの手にあります。この前提を置くと、次の事例の重みが変わって見えます。
2026年7月、アフリカ最大級とされる規制下のCEX、VALR(登録ユーザー190万人)が、Hyperliquidを裏側の基盤として200を超えるperp市場を自社サービス内で提供し始めました。VALRは、主要な規制下の取引所によるオンチェーンL1の統合として初の事例だと表明しています。利用者から見れば操作画面はVALRのままで、注文の執行と決済はHyperliquidの側で行われます。かつてCEXの対抗馬と位置づけられたDEXに、CEXの側が板と清算を任せ、自社は顧客との接点に集中する。取引所が別の取引所の裏側で動くという、従来は見られなかった構図です。この統合の詳細と機関投資家側の動きは、B-35とB-37で扱います。
外部からの追認はもう一つあります。2025年9月には、Ethereum側でビルダーコードと同型の仕組みを標準化するERC-8021という提案が出され、Hyperliquidでの成功に着想を得たものだと報じられました。競合するエコシステムが仕組みを取り入れ始めたことも、この開放モデルが機能している傍証といえます。提案が標準として定着するかは未定ですが、参照する側から参照される側に回ったこと自体が変化です。
2026年5月には、NYSEの親会社ICEのCEOが、カンファレンスでHyperliquidの取引量をNASDAQと比べて大きいと述べたと報じられました。創業者らと複数回会ったことを明かす同じ発言の中で、規制当局がperp向けに新しいカテゴリーを創設するのか、既存の金融規制を適用するのかを判断することになる、との見方も示しています。規模の評価と規制の不確実性が対で語られている点は、そのまま覚えておく価値があります。伝統金融側にはコモディティの価格形成への影響を警告する声もあり(B-26)、警戒と接近が同じ業界内で併存しているのが2026年8月時点の実情です。深掘りはB-37で行います。
機能の開放が進んでいることと、お金の流れが同じ速さで変わっていることは別問題です。ここでは手数料の現在地を確認します。
構造の変化は、収益の数字にはまだ大きく表れていません。外部集計では、2025年の手数料は総額約9.7億ドル(約1,530億円)で、うち約9.07億ドル(約93%)がperp手数料でした(同期間の収益=プロトコルの取り分は約8.2億〜8.4億ドルと、集計により幅があります)。この93%はコア市場とHIP-3を区別していない数字です。2026年5月にはHIP-3が月間出来高の約35%を占めたと報じられており、出来高の面では新しい層の存在感が既に小さくありません。それでも、手数料の内訳で見ると、事情は変わります。HIP-3の本番稼働が2025年10月と新しいことに加え、HIP-3出来高の大半を占める市場はgrowth mode(新しい市場の育成向けに手数料を大幅に引き下げる設定・B-26)を有効にしているため、手数料への寄与は出来高の割合ほど大きくないとみられます。ここは推測を含む整理です。つまり、収益源がperp手数料に集中している構造は変わっていません。ただしそのうちHIP-3の寄与がどれだけかを直接示す一次集計は、執筆時点で見当たりません。
新しい流れは、行き先の違う2系統に分けて押さえておきましょう。HIP-3市場の手数料のうちプロトコル側の取り分(デプロイヤーとの折半分)は、コア市場の手数料と同じくAssistance Fund(B-14)に合流します。これに対して、ビルダーコードの上乗せ分はビルダー自身の収入であり、Assistance Fundには入りません(B-23)。同じ「開放から生まれる収入」でも、プロトコルに還流する流れと、外部事業者を潤す流れは別物です。この区別は買い戻しの規模を読むときに効いてきます。上乗せ分まで還流の原資と誤解すると、見積もりが過大になるためです。加えて、USDC準備金の利回り共有はAssistance Fundへの初回払い込みが2026年10月に予定されており(B-21)、取引手数料以外の収入が数字で見え始める節目になります。ティッカーオークションの落札金(B-20)のような小さな収入も同じ経路に合流しており、収入源の多角化は設計に組み込まれています。
この構造の中でHYPEは、HyperEVMのガス、HIP-3デプロイヤーが預ける50万HYPEのステーク(B-26)、Assistance Fund経由の買い戻しという3つの経路で組み込まれています。開放が進むほどロックと還流が増える設計になっている、ということです(価格への表れ方は第10章で扱います)。同時に、逆方向も同じ設計から導かれます。デプロイヤーが市場を畳めばステークは解除され、出来高が外部の競合に流れれば還流も細ります。この設計は、開放が続くことを前提に組まれています。
ここまでの材料は開放の成果でした。同じ構造は、固有の弱点も連れてきます。ここからは、その弱点を4つ確認します。
SK Hynix事件(B-28)も、Ventualsの撤退にともなう強制決済(B-26)も、個別のデプロイヤーが運営する市場で起きた出来事です。それでも報道も利用者も、これらを「Hyperliquidで起きたこと」として受け止めました。HIP-3には共通で損失を引き受ける仕組みがなく(B-26)、補償はデプロイヤーの裁量に委ねられます。デプロイヤーのステークを没収するスラッシングも、基準はネットワークの健全性であり、利用者の損失を直接埋める仕組みではありません(B-28)。機能は開放できても、評判は切り分けられない。これが第一の弱点です。
取引の入口では、ビルダーコード収益の上位をPhantomなどの外部アプリが占め(B-23)、HIP-3市場では建玉の9割超をtrade.xyz1社が占めるとされます(2026年6月時点・B-26)。開放とは、事業の要所を他社の経営判断に委ねることでもあります。主要な統合先が撤退したり、別の基盤に乗り換えたりする可能性は、開放を選んだ側が引き受け続けるリスクです。撤退は仮定の話にとどまりません。運営判断で市場を畳んだVentualsの実例に加え、trade.xyz以外のHIP-3市場についてはデプロイヤーの投資回収期間を中央値4年とする外部試算もあります(2026年7月)。運営を続ける動機の弱い市場が含まれることを示す数字です。
英FCAの無認可事業者リスト入り(B-26)に続き、2026年6月にはシンガポールMASがHyperliquidを注意喚起リストに追加しました。リスト入りは即時の禁止命令ではありませんが、規制当局による名指しの警告が複数の法域で続いた事実は残ります。ここでの論点は、Hyperliquidを市場の「運営者」として規制するのか、「基盤」として扱うのかで、適用される規制の枠組みが変わりうることです。株perp(B-27)や予測市場のように、証券や商品デリバティブといった既存規制と接触面の広い商品を扱っていることが、この問いを避けにくくしています。各国の対応は定まっておらず、結論はまだ出せません。規制の現在地はB-39で整理します。
一方で、実態への批判も残っています。バリデータは27にとどまり、財団系のステーク比率は約49.3%、ノードのソフトウェアはクローズドソースのままです(2026年6〜7月時点の外部集計)。コアの開発が11人(2026年1月時点の報道)の単一チームに集中していることも報じられています。財団系比率が2025年初の約81%から下がってきたという改善の進行も事実ですが、基盤を名乗る以上、中立性や検証可能性への要求水準は一つの取引所であったときより一段上がります。その要求と実態の間のギャップをどう評価するかは、章をまたいでB-34で正面から扱います。
HIP-3、株perp、オラクルの設計。いずれも、取引所の中核機能を外部の事業者に開くという同じ変化の、別々の断面でした。本体の一機能だった場所に外部の事業者と資本が入り、その分だけ新しい収入と新しい弱点が生まれています。要点を振り返ります。
この記事のまとめ
今後のニュースに接するときは、それが「取引所としてのHyperliquid」の話か、「基盤としてのHyperliquid」の話かを分けて読むのが有効です。出来高や手数料の増減は前者、CEX統合・規制区分・分散化の議論は後者に属し、効いてくるリスクの種類も違います。たとえばVALRの統合は、取引アプリの使い勝手の話ではなく、基盤を使う顧客が増えたという後者の話でした。この区別を持っておくと、第6章で確認してきた個々の事実がどこにつながる話なのかを、自分で位置づけられるようになります。
次の記事からは第7章に入り、Hyperliquidの構造的リスクを総点検します。