「Hyperliquidで米国株が取引できる」という紹介が、SNSや解説記事で目立つようになりました。この表現は半分正しく、半分は誤解を招きます。本記事では、実際に何が取引されているのかを確かめます。
売買の対象は株そのものではなく、株価に連動するperp(無期限先物)です。株主の権利も配当もない代わりに、証券口座を開かずに24時間、値動きだけを取引できます。
B-26で見たHIP-3市場の代表格を、商品として分解していきます。利用をすすめる話ではなく、「株が買える」という紹介のどこが不正確なのかを、自分の言葉で説明できるようになることがゴールです。
はじめに言葉の整理です。「株perp」「株式perp」「equity perp」はいずれも同じものを指し、参照する価格が個別の株価であるperpを意味します。本記事では「株perp」で統一します。
株perpは、B-4で整理したperpの一種で、差金決済(現物の受け渡しをせず、損益の差額だけをやり取りする決済方式)の契約です。損益はUSDC建てで計算・決済されます。たとえばNVDAの株perpを買っても、NVIDIA社の株式は1株も手に入りません。議決権も、配当を受け取る権利も、会社に対する持ち分も発生しません。手元に残るのは、その銘柄の株価が上がるか下がるかに応じた損益だけです。満期がない点は暗号資産のperpと同じで、ロールオーバー(期限が来た契約の乗り換え)は必要ありません。現物の株式を買う行為が会社の一部を所有することだとすれば、株perpは株価という数字の変動に対して建てる契約であり、法的にも経済的にも別の商品です。
「株のようなもの」には、現物株、トークン化株式(実際の株式を裏付けとして発行されるトークン)、そして株perpの3つがあります。違いは、裏付けの有無、株主としての権利の有無、レバレッジの有無に集約されます。
| 現物株 | トークン化株式(xStocks等) | 株perp(Hyperliquid) | |
|---|---|---|---|
| 実株の裏付け | 本人が所有 | 発行体が1対1で保有 | なし |
| 議決権 | あり | 基本なし | なし |
| 配当 | あり | 発行体次第で一部反映 | なし |
| 決済 | 現物の受け渡し | トークンの償還が可能 | 差金(USDC建て) |
| レバレッジ | 1倍(信用取引を除く) | 1倍 | 最大10〜20倍程度(執筆時点。指数perpは最大50倍) |
| 強制清算(証拠金が不足したときの強制決済) | なし | なし | あり |
| 取引時間 | 取引所の立会時間 | 24時間(流動性は変動) | 24時間365日 |
| 必要な口座 | 証券口座+KYC(本人確認) | 発行体経由のKYCあり(米国・英国など利用できない国もある) | ウォレット接続のみ・KYCなし |
既存の商品でこの構造が重なるのは、海外業者の株式CFD(差金決済取引。現物を保有せず、価格差だけをやり取りする取引)です。差金決済・レバレッジ・空売りの容易さという点は共通します。違いは、取引の相手方が規制を受けた業者ではなくオンチェーンの板と清算エンジンであること、口座開設なしにウォレット接続だけで始まること、そして24時間365日動き続けることです。もう一つ、株perpには満期がありません。その代わり、B-5で見たファンディング(perp価格を現物価格に近づけるため、ロングとショートの間で定期的にやり取りされる調整金)が1時間ごとに発生し、perp価格が現物の株価から離れすぎないよう働きます。perpが現物より高ければロングがショートへ支払い、低ければ逆向きに流れる仕組みは、暗号資産のperpと同じです。
株perp市場の大半を運営するのは、B-26で見たとおりHIP-3市場の建玉の9割超(2026年6月時点)を占めるデプロイヤーのtrade.xyzです。同社の市場群(XYZ市場)の公式仕様によると、2026年8月時点で掲載資産は90前後とされ、集計の時点により変わります。
内訳は、うち企業の株が60銘柄超(上場市場ベースで5か国、ADRの発行企業の本籍まで含めれば約10か国)で、ほかにETF・コモディティ・FX・株価指数が含まれます。中心は米国株で、TSLA・NVDA・AAPLといった主要銘柄が並び、半導体や日本株・韓国株を対象とするETFも上場しています。日本株はキオクシアとソフトバンクの2銘柄、韓国株はSK HynixやSamsungを含む3銘柄、香港・中国関連が4銘柄、株価指数はS&P500と日経平均(JP225)を含む4本です。レバレッジの上限は執筆時点で個別株が10〜20倍程度、指数には最大50倍の設定もあります。銘柄数はこの1年で急拡大しており、上限も顔ぶれも変わり続けるため、最新の一覧は公式仕様で確認してください。
未上場企業を対象とするperpも、この市場が開いた新領域です。かつてはSpaceX(SPCX)やQuantinuumが代表例でしたが、両社は2026年6月に相次いで株式市場へ上場し、そのperpは通常の株perpに移行しました。2026年8月時点でプレIPO区分に残るのはUnitree Roboticsなどです。そのUnitreeも2026年8月中旬に上海市場への上場を控えており(8月6日に公募価格決定・17〜21日ごろ取引開始見込み)、上場すればSpaceXと同じように通常の株perpへ移行する見通しです。プレIPOのperpは公式仕様でも上場株とは別枠で管理される区分で、上場株と違って公開市場の株価が存在しないため、何を参照して価格が決まるのかという根本の性質が異なります。この参照価格の設計はB-28で扱います。
なお、XYZ市場全体の規模はB-26で見たとおりで、株式・コモディティ系perpの月間出来高は2026年1月に約310億ドル(約4.9兆円)へ拡大したと報じられ、個別銘柄ではSK Hynix系のOI(建玉。未決済ポジションの総額)が最大級だったとされます(2026年6月時点・外部集計)。
株perpの性質がはっきり表れるのは、原資産の株式市場が閉まっている時間帯です。
原資産の株の取引が止まっても、perpの取引は止まりません。平日の夜間であれば、米国株には時間外や夜間の市場価格が存在し、公式仕様上も外部価格は日曜夜から金曜夜(米国東部時間)まで連続して取得されるため、perpはそれを参照し続けられます。週末は事情が変わります。参照できる外部の価格がどこにもなくなるためです。この時間帯の株perpは、Hyperliquid上の売買そのものが、一定の制限の範囲内で参照価格を動かす状態になります。外部のアンカー(価格の拠り所)を失った板が、月曜の再開価格を見込みながら自前で値を付けている、というのが現象としての実態です。この状態を支える設計の中身と、それを運営する事業者の評価は、次のB-28で詳しく見ます。
外部の検証レポート(2026年2〜3月の週末を対象とした計測)によると、週末にHyperliquidで付いた価格は、月曜の再開値と方向が9割前後一致し、8割弱の週末で、金曜の終値をそのまま持ち越すよりも再開値に近かったとされています。ただし、この検証は原油などマクロ系の銘柄が主な対象で、個別株にそのまま当てはめられるとは限りません。地政学イベントが起きたある週末には、伝統市場の再開までの値動きの4割強を週末の間に織り込んだ、という計測も含まれます。また同じレポートは、週末の流動性が平日の3分の1程度に落ち、売り買いの価格差であるスプレッドも、広がりやすい局面では2倍以上になると報告しています。方向は当たりやすいが板は薄い、という限定付きの結果として読むのが妥当です。
ファンディングの計算は1時間ごとで、原資産が休場中も止まりません。平日はperp価格を現物の株価へ引き寄せる規律として働きますが、休場中は基準となる参照価格そのものが前項の内部的な値になるため、規律が緩みうるという指摘があります。もう一点、保有期間の問題があります。平常時の株perpのファンディング水準は低位にとどまるとの外部集計も見かけますが、コストは保有時間に比例して積み上がり、プレIPO系の銘柄では年率換算で数十%に達した事例が報告されています。株のつもりで長期保有すると、現物株には存在しないコストを抱え込む商品だという点は、値動きの前に押さえておく必要があります。
株perpの保有者は配当を受け取れません。現物株は権利確定日を境に、理論上は配当の分だけ株価が下がります(配当落ち)。perpはその下落後の株価を参照するため、ロング保有者は配当を受け取れないまま、配当落ちの値下がりだけを受ける可能性があります。海外CFDでは配当相当額を調整金で反映する運用が一般的ですが、trade.xyzの公式ドキュメントには、配当の調整方法を明記したページが執筆時点で見当たりません。業界横断のリサーチでも、多くのプロトコルが配当を調整せずに扱っており、その結果perpが現物に対して恒常的な割高・割安を抱えうると指摘されています。配当利回りの高い銘柄に触れる前に、その市場の仕様を確かめておくのが安全です。
株式分割や併合といったコーポレートアクション(企業が行う株式の条件変更)への対応も、公式ルールは確認できません。HIP-3の建て付けでは市場の停止や決済の権限をデプロイヤー(市場の運営者。B-26)が持つため、対応は市場ごとの運営判断に委ねられる構造です。運営面の点検の手順はB-28で確かめます。
現物株の場合、週末に悪材料が出ても、起きるのは月曜の株価が大きく下げて始まることまでで、保有株が休みの間に処分されることはありません。株perpでは同じ事態が休場中に執行される清算として現実になり得ます。perpは週末も動き続け、証拠金が不足すればその場で清算されるためです。実例として、原資産市場の異常な約定価格が参照価格に取り込まれ、多数の清算に直結した事件が2026年7月に起きています(SK Hynixのperp。事実経過はB-26、構造の分析はB-28)。なお、各市場の休場日は公式の祝日カレンダーで公開されています。日本株perpには日本の祝日が関わるため、ポジションを持ち越す前に休場日を確認しておくと、この時間リスクを把握しやすくなります。
2026年時点で観察されている使われ方を、推奨ではなく事実として並べます。第一に、時間外・週末のヘッジです。株式市場が閉まっている間のニュースに対し、週末にショートで一時的に備える型の利用があり、地政学イベントが起きた週末には出来高が20倍超に膨らんだ例が観測されています。第二に、空売りの容易さです。現物の空売りに必要な株の借り入れや貸株料が不要で、貸株の乏しい銘柄や未上場銘柄でもショートでき、上場直後のSpaceXのperpに対する1,400万ドル(約22億円)規模の大口ショートが報じられました。第三に、アクセスです。米国株の口座を開けない地域からでも、ウォレット接続だけで株価のエクスポージャー(価格変動に対する持ち高)が取れます。
一方で、この「口座もKYCも不要」という性質は、規制上の位置づけが定まっていない論点と表裏です。合成的な株価エクスポージャーは証券と商品先物のどちらの既存枠組みにも収まりきらず、米国居住者向けに株perpが提供されていないのは、この法的な曖昧さゆえとされます。規制動向の整理はB-39とB-41で扱います。日本の居住者から見ると、Hyperliquidやtrade.xyzは国内の登録業者ではなく、投資者保護制度の枠外にあります。税務も、国内株の申告分離課税ではなく、暗号資産デリバティブと同様の総合課税として扱われる可能性があり、公式な見解は確認できていません。加えて、無登録の海外プロトコルが相手であるため、損失が生じた際に頼れる国内の救済手段も事実上ありません。取引を検討する場合は専門家への確認が前提になります(詳細はB-42)。
株perpという商品の正体を、定義・銘柄・休場中の価格・企業イベント・利用実態の順に確認してきました。要点を振り返ります。
この記事のまとめ
「株perp」という表示に出会ったときの読み方は、「株が買える」ではなく「株価を参照するperpが取引できる」への読み替えから始まります。そのうえで、配当は受け取れない・休場中も価格と清算は動く・長期保有はコストが積み上がる、という3つの違いを併せて思い出せれば、現物株の感覚のまま扱う誤りは避けられます。次の記事では、休場中の価格を支える参照価格の設計と、それを運営するデプロイヤーのリスクを扱います。