過去の記事やSNSでUSDHという名前を見かけたのに、いまのHyperliquidの画面を探しても見当たらない。この記事は、そのUSDHが何だったのかを知らない方と、USDHを保有したままの方に向けたものです。
USDHは、バリデータ(ネットワークの検証者)の投票で選ばれた、Hyperliquid公認のステーブルコインです。約10カ月で取引を終えましたが、狙いのひとつだった「預かったドルが生む利息を、外部企業ではなくHyperliquid側に取り戻す」ことは、USDHなしで、別の形で実現に向かうことになりました。
この記事では、USDHの顛末をたどりながら、ステーブルコインというものをどこから見ればよいのかを確かめていきます。いまも保有している場合の現状と注意点もまとめました。
USDHは、米ドルに価値を連動させることを目指すステーブルコイン(法定通貨に価値を連動させる設計の暗号資産)です。準備金を現金と短期米国債で全額確保するフルリザーブ型で、発行にはStripe傘下のBridgeという企業のインフラが使われました。
Hyperliquidにおける位置づけは他の銘柄と異なります。「USDH」というティッカー(銘柄コード)の使用権がバリデータ投票で特定チームに付与された、公認のステーブルコインでした。スポット市場で取引されただけでなく、建て通貨(価格の表示と決済に使う通貨)の開放(B-20)後、その第1号にもなっています。取引開始は2025年9月24日、Hyperliquid上の板の廃止は2026年7月17日。この約10カ月が、USDHが市場に存在した期間です。なぜ生まれ、なぜ終わったのか。順に見ていきます。
2025年9月時点で、Hyperliquidに置かれていたステーブルコイン残高は約55〜59億ドル。その約95%をUSDCが占めていました。これに加えて、perp(無期限先物)の証拠金として使えるのは事実上USDCだけでした。残高の構成と証拠金の仕様という2つの事実が重なった結果、Hyperliquidの取引経済は、外部企業Circleが発行するUSDCの上に成り立っていました。しかもそのUSDCはArbitrumからのブリッジ経由で持ち込まれるもので、外部チェーンと外部発行体への二重の依存が構造的なリスクと認識されていました(B-10)。
ステーブルコインの発行体は、利用者から預かったドルを短期米国債などで運用し、その利息を収益にします。USDCの場合、この運用益はHyperliquidではなくCircle側に入ります。USDHへの置き換えが実現した場合にCircleが失うと試算された金額は、年間約1.5〜2億ドル(約237〜316億円。1ドル=158円で換算。以下同じ)に上るとされます。
つまり、独自ステーブルコインの動機は2つありました。ひとつは、この準備金利回りをエコシステムの内部に取り戻すこと。もうひとつは、外部発行体への依存そのものを減らすことです。この2つの目的は、最終的に別々の結末を迎えることになります。
2025年9月上旬、Hyperliquidは「USDH」というティッカーの使用権を、公開の入札で特定チームに付与する方針を発表しました。提案の締切は9月10日、バリデータ投票は9月11日から14日という日程です。この短期間のコンペに、Paxos、Ethena、Frax、Agora、Sky(旧MakerDAO)といったステーブルコイン関連の大手・有力チームが相次いで応募しました。
各社の提案は、準備金利回りをどれだけHyperliquidに還元するかの競い合いになりました。Paxosは利回りの95%をHYPEの買い戻しに充てると提案し、Ethenaは95%還元に加えて最低7,500万ドルのインセンティブを提示、Fraxは100%還元を掲げました。
勝者となったNative Marketsの公約は「利回りの50%をAssistance Fundへ拠出し、残り50%はUSDHの成長施策に使う」というものです。数字の上では競合より劣る条件でしたが、ステーク比で約3分の2の支持を集めて勝利しました。Hyperliquid Foundationは投票を棄権し、判断をバリデータに委ねています。Assistance FundはHYPEの買い戻しを行うプロトコル基金で、仕組みはB-14で扱ったとおりです。なお、50%拠出はあくまで発行体の公約であり、実際にいつから・いくら拠出されたかを示す一次データは確認されていません。
Native Marketsは、Hyperliquidエコシステムの初期投資家や元Uniswap Labs社長らが立ち上げたチームで、発行インフラにBridge(前述)を採用し、現金と短期米国債による全額裏付けを提案しました。経済条件で劣る同チームが選ばれた理由については、Hyperliquidへの専業のコミットが重視されたと報じられています。
この選定には批判も報道されています。提案から投票までの期間が短すぎるという指摘、投票力の集中への懸念、事前に結果が固まっていたのではないかという疑念です。応募者の一社であるAgoraのCEOは、決済大手Stripeの傘下企業が発行を担う構造を利益相反だと公然と批判しました。これらの指摘の当否はさておき、公認の決まり方そのものが論点になったという事実は、後の展開を見るうえで押さえておきたい点です。
2025年9月24日に取引が始まったUSDHは、その後の約8カ月間、供給約1億ドル(約158億円)前後で頭打ちになりました。同じ期間も、置き換える対象だったUSDCはHyperliquid上で約50億ドル(約7,900億円)規模の基軸であり続け、その差は縮まりませんでした(この約50億ドルという規模自体、前年同月比で見ればほぼ倍増した水準です)。Circleがネイティブ発行のUSDCと公式転送規格CCTPのHyperliquid対応を打ち出して防衛に動いたことも、この構図を後押ししました(B-10)。板の深さと使える場所の広さで勝る既存の基軸通貨を、公認の地位と優遇条件だけで置き換えることはできなかった、というのが数字の示す結果です。
2026年5月14日(日本時間。米国時間では13日)、CoinbaseがUSDCのtreasury deployer(建て通貨の準備金運用を担う役割)に就任することが発表されました(B-20)。同時に、Native MarketsはUSDHのブランド資産の買取権をCoinbaseに付与し、USDHは時間をかけて段階的に廃止する方針が示されました。この発表を受けて、HYPE価格は24時間で約17%上昇したと報じられています。
2026年6月12日、建て通貨の公認枠組みAQA(B-20)の新版にあたるAQAv2がバリデータ投票で可決されます(26バリデータ中19が賛成、ステーク比69.08%。投票時点のバリデータ構成は26で、2026年8月時点は27です・B-34)。USDC準備金利回りの約9割をプロトコルに還元する体制が正式に承認され、対象となる約50億ドルの残高からは年約1.35〜1.6億ドル(約213〜253億円)規模の還元が見込まれるとされます。準備金利回りの還元という、USDHがコンペで持ち込んだ経済モデルを、USDHと入れ替わる側のUSDC・Coinbase・Circleが採用した形です。
冒頭の2つの動機に戻ると、この決着で決まったのは「利回りの内部化」だけです。実際の還元は2026年8月26日以降に始まる予定とされ、Assistance Fundへの初回の払い込みは2026年10月に予定されています。一方で、もうひとつの動機だった外部発行体への依存の低減は実現していません。建て通貨をUSDCに一本化したことで、依存はむしろ固定化されました。報道でも、外部発行体に依存し続けるリスクが未解決である点や、一連の決定がHYPE保有者にとって最善のガバナンスの結果だったのかを問う論点が紹介されています。
ここまでの経緯を時系列で整理します。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年9月上旬 | ティッカー使用権の公開コンペ。バリデータ投票でNative Marketsが勝利 |
| 2025年9月24日 | USDH/USDC現物ペアの取引開始 |
| 2025年9月28日 | 建て通貨の開放が有効化。USDHが第1号の建て通貨に |
| 2026年5月14日 | CoinbaseがUSDCのtreasury deployerに就任。USDHの段階的廃止が決定 |
| 2026年6月12日 | AQAv2がバリデータ投票で可決。USDC準備金利回りの約9割還元へ |
| 2026年7月17日 | Hyperliquid上のUSDH板と1:1変換を廃止。以後は償還のみ |
2026年7月17日をもってUSDHの公式サイトは終了し、Hyperliquid上のUSDH/USDC板と1:1変換(USDHとUSDCを等価で交換する公式機能)も廃止されました。2026年8月時点で、Hyperliquid上でUSDHを売買する手段はありません。
保有したままの場合の出口は、発行インフラであるBridgeの公式償還窓口です。USDCまたは法定通貨への1:1償還が案内されていますが、利用には本人確認(KYC)を含むBridge側での手続きが必要です。窓口の提供期間は「今後数カ月」とされ、明確な最終期限は公表されていません。時間の経過とともに出口が狭まる可能性があるため、保有に気づいた時点で早めに手続きを確認するのが安全です。日本居住者がこの償還手続きの対象に含まれるかは公式情報から確認できていないため、可否と具体的な手順は必ず公式の案内で確認してください。
外部集計では、USDHの供給は約1億ドルから2026年8月時点で約1,000万ドル(約16億円)まで縮小したとされます。この過程で、重大なデペッグ(連動価格からの大きな乖離)や保有者の損失を伝える主要な報道は確認されていません。Hyper Foundationが移行対応するビルダー向けに約1,000万ドル(約16億円)のグラントを配分するなど、移行の支援も行われました。
秩序立った縮小を支えたのは、現金と短期米国債で全額を裏付けるフルリザーブ型という設計です。準備金が常に発行額と同等にあるからこそ、板が消えたあとも1:1の償還を続けられます。ただし、集計サイトに表示される0.99ドル前後の価格は、取引の板がほぼ消えた資産の参考値にすぎません。この表示をもって安全と判断するのではなく、償還窓口が機能しているかどうかを見るのが実態に即しています。
USDHの10カ月は、ステーブルコインを見るときの確認点を実例で示しました。
第1に、何で裏付けられているかです。USDHは現金と短期米国債の全額裏付けだったため、事業としては続かなかったあとも、保有者には1:1の出口が保たれました。裏付け資産の構成は、平常時の利回り以上に、撤退局面の秩序を左右します。
第2に、取引の板がなくなっても償還できるかです。板の価格は、買い手がいる間しか機能しません。発行体に直接持ち込んで額面で戻せる経路があるかどうかが、最後に残る価値の裏付けになります。
第3に、発行体が誰で、何のために発行しているかです。USDHの経緯は、準備金利回りという収益の行き先をめぐって始まり、その行き先の付け替えで終わりました。ステーブルコインは無償のインフラではなく、利回りを原資とする事業です。発行の動機を追うと、その銘柄が続く条件も見えてきます。
あわせて、バリデータ投票による「公認」が存続の保証ではないことも、USDHは示しました。公認を与えたのと同じガバナンスの枠組みの中で、方針転換と入れ替わり先の承認(AQAv2)が決まったからです。この3つの確認点と公認の見方は、USDCやUSDTのような大手にも同じ順序で使えます。
USDHのこれまでを時系列で追いました。要点を振り返ります。
この記事のまとめ
USDHを保有したままの場合は、残高の確認と公式償還窓口の手続き確認を先送りしないのが安全です。期限の最終日は公表されておらず、時間の経過は選択肢を減らす方向にしか働きません。日本からの手続きの可否を含め、最新の条件は公式の案内で確かめたうえで判断してください。保有していない場合に必要な対応はありません。
次の記事では、HyperEVM上に広がるDeFiプロトコルの全体像を扱います。