2025年10月10日(日本時間11日早朝)、市場全体で報告ベース約190億ドルと過去に例のない規模の清算が起きました。Hyperliquidでは、クロスマージンでのADL(自動デレバレッジ。利益が出ている側のポジションを強制的に閉じる最終手段)が初めて発動しました。「暴落でHLP(Hyperliquid公式の運用プール)が大儲けした」という断片だけが目に入った方のために、全体像から整理します。

結果は両面です。取引所は止まらず、回収不能の損失も出しませんでした。その裏側では、利益の出ていたポジションを強制的に閉じられた人と、約4,000万ドルの利益を得たHLPが生まれました。

ADLの是非をひとことで片づける前に、何が設計どおりに動き、何が議論として残ったのかを順に確認していきましょう。

あの日、市場全体で何が起きたか

引き金と規模:関税表明から24時間で約190億ドルの清算

BTCが史上最高値(2025年10月6日・約12.6万ドル)を更新した、そのわずか数日後の出来事でした。10月10日の米東部時間金曜午後、トランプ大統領がSNSで中国からの輸入品への100%追加関税を表明すると、暗号資産市場は急落に転じます。24時間の清算総額は報告ベースで約190億ドル(約3.0兆円)に達し、過去最大とされる清算イベントになりました。清算の約9割はロング(買い持ち)で、清算された口座は約160万に上ります。下落は急で、BTCは約12.2万ドルから一時10.2万〜10.5万ドル台まで下げ、最も激しい局面では1時間で約70億ドルが清算されたと集計されています。日本では、11日の早朝から午前にかけての急落として観測されました。

コロナショック時(2020年3月)の清算が約12億ドル、FTX破綻時(2022年11月)が約16億ドルとされるため、単純計算では十数倍の規模です。ただし、当時と現在では市場の規模も清算報告の精度も異なるため、倍率の比較には限界があります。

Hyperliquidの数字:清算約100億ドル、稼働は維持

取引所別の報告値では、Hyperliquid上の清算が約100億ドル(約1.6兆円)と最も大きく、報告済み総額の約半分を占めました。もっとも、この順位は「どこが最も危険だったか」ではなく、各社の清算報告の完全性の差を反映している可能性があります(後述します)。

オンチェーン分析のLookonchainによる外部集計では、証拠金の全額を失ったウォレットが1,000超、損失を出したウォレットが6,300超で、損失の合計は約12.3億ドル(約1,940億円)とされます。「6,300のウォレットが全損した」と紹介する記事も見かけますが、全損は1,000超で、6,300超は損失を出したウォレットの数です。

この間、Hyperliquidは稼働を維持し、バッドデット(清算しても回収できない損失)はゼロだったと公式に説明されています。なお、暴落直前に大口のショート(売り持ち)を建てて利益を得たアドレスをめぐるインサイダー疑惑も話題になりましたが、確証は出ていません。

主要な数値を表にまとめます。いずれも報告ベース・外部集計を含む概数です。

項目数値(概数)
市場全体の24時間清算総額約190億ドル(約3.0兆円)・過去最大とされる
ロングの比率/清算口座数約9割/約160万口座
Hyperliquid上の清算額約100億ドル(約1.6兆円)
Hyperliquid上の全損ウォレット1,000超
損失を出したウォレット/損失合計6,300超/約12.3億ドル(約1,940億円)
HLPの利益約4,000万ドル(約63億円)
Hyperliquidのバッドデットゼロ(公式表明)

ADLとは何で、なぜ発動したのか

清算3段階の最後の手段

Hyperliquidの清算は、板での通常清算、HLP(プロトコル公式の運用プール。清算の受け皿を兼ねる・B-18)が破綻ポジションを引き取るバックストップ清算、そしてADLという3段階で設計されています(全体像はB-6)。ADL(自動デレバレッジ)は、破綻した口座の穴を埋めるために、反対側で利益を出しているポジションを強制的に決済する最終手段です。

発動するのは、清算を経てもなお口座価値がマイナスになったポジションが発生したとき、言い換えると、前の2段階では処理しきれない債務の穴が生じたときです。破綻者が返せなくなった損失を、同じ市場の勝ち側のポジションを閉じることで相殺します。

誰が対象になるのか

公式ドキュメントによれば、対象は「含み益が大きく、レバレッジが高い」順に選ばれ、直前のマーク価格(清算の基準となる参照価格)で決済されます。順位は (マーク価格 ÷ 建値)×(ポジションの名目額 ÷ 口座価値) で決まります。前半が「どれだけ勝っているか」、後半が「どれだけレバレッジをかけているか」にあたります。

ここで確認しておきたいのは設計上の不変条件です。ADLの対象は、その市場でポジションを持ち、利益を出している参加者に限られます。ポジションを持っていない人や、入金しているだけの人が損失を負わされることはありません。「損失の社会化」と呼ばれることがありますが、その範囲は市場参加者の内側で閉じています。

初発動が意味すること

10月10-11日の発動は、稼働開始から2年超で初めてのクロスマージン(口座全体で証拠金を共有する方式)でのADLでした。清算の第3段階まで初めて到達した日でもあり、B-30の年表で「コア市場でのADL発動は1回のみ」と触れた、その1回にあたります。同種の仕組みが用意されているのはHyperliquidに限りません。伝統的なデリバティブ市場の清算機関にも、清算基金の次の防衛手段としてポジションの強制縮減が標準的に置かれています。異常な装置が動いたというより、めったに使われない最終手段が初めて使われた、というのが位置づけとして正確です。

HLPはなぜ4,000万ドルの利益を出したのか

はじめに切り分けが必要です。HLPの利益はADL(第3段階)から生じたのではなく、第2段階のバックストップ清算から生じました。「ADLで閉じられた利益がHLPに移った」という説明を見かけますが、両者は別の機構です。

利益が生まれた機序

公式ドキュメントによれば、証拠金が維持証拠金(ポジション維持に最低限必要な証拠金・B-6)の3分の2を下回ると、そのポジションは残った証拠金ごとHLPに移管されます。利益の源泉は2つに分けられます。①引き継いだ証拠金がそのまま収益のバッファになること、②急落した安値の水準で引き取ったロングが、その後の反発で含み益に転じたこと、です。10月の暴落ではこの2つが重なり、HLPは約4,000万ドル(約63億円)の利益を計上し、預金者の残高は48時間で約10%増えました(数値の詳細はB-18)。

「トレーダーの損失が利益になった」という批判

この結果に対しては、清算されたトレーダーの証拠金がHLPの利益の原資になったのではないか、という批判が出ました。これに対し、運営側は次のように反論しています。共同創業者のJeff Yan氏は「ADLはHLPへ損益を移転しない。ユーザーとHLPの扱いは対称だ」と述べ、さらに「ADLを使わずバックストップ清算に回し続ければHLPはさらに数億ドル稼げたはずだが、それは無責任なリスクテイクになる」とも説明したと報じられています。

参考になる並置もあります。同じ暴落で、競合LighterのLLP(同種の受け皿プール)は5.35%のマイナスを出しました。破綻ポジションの引き受けは、価格が戻らなければそのまま損失になる行為で、受け皿が必ず勝つわけではありません。HLPの利益をどう評価するかは、この構造を前提にしてもなお立場が分かれています。

同じ日、他の取引所では

同じ時間帯、dYdXは約8時間の停止、Lighterは約4.5時間の障害を起こし、大手CEX(中央集権型取引所)でも高負荷による遅延や注文不能の報告が相次ぎました。なおLighterは、保険基金で不足を吸収できたためADLは発動しなかったと説明しています。

担保の値付けが清算を増幅した例

Binanceでは、統合証拠金の担保評価に外部のオラクル(複数の市場から参照価格を取り込む仕組み)ではなく自社の現物板の価格を使っていたため、板が薄くなった瞬間にUSDe(Ethenaの合成ドル)などの担保資産が実勢から大きく乖離した安値で評価され、担保価値の急減が清算の連鎖を増幅しました。USDe自体は他の取引所やオンチェーンではほぼ1ドルを維持していました。USDeが壊れたわけではない以上、これは担保の値付けの問題です。Binanceはその後、約2.83億ドル(約447億円)のユーザー補償を実施しました。

Hyperliquidのオラクルは複数取引所の現物価格の加重中央値を使うため(設計はB-28)、単一取引所の異常な価格がそのまま清算価格になる事態は、この日ある程度減衰されたと評価されています。どちらかの方式だけが正しかったわけではありません。担保と価格の設計の弱点が、同じ日に別々の形で表面化したと整理するのが実態に近いはずです。

透明性の論と、その限界

Hyperliquidでは清算もADLもHLPの損益もオンチェーンで第三者が検証でき、外部集計が即日公表されたのはこのためです。Jeff Yan氏は「CEXの清算報告は実態より大幅に少なく、過少報告は最大100倍に達し得る」と主張しており、先に触れた「Hyperliquidの清算額が最大」という順位が報告の完全性の差を映している可能性は、この主張と表裏の関係にあります。

一方で、透明であることと損失が出ないことは別の問題です。Hyperliquid上でも約12.3億ドルの証拠金が失われました。オラクルを経由して外部の価格の乱れが清算の引き金として流れ込む構造も残ります。また、Binanceが補償という形で結果責任を取ったのに対し、分散型の設計には、補償をあらかじめ約束する主体が組み込まれていません(JELLY事件の財団による補償は制度ではなく裁量でした・B-31)。

残った議論と、その後

利益を強制決済された側の受け止め

急落で利益の出ていたショートをADLで閉じられたトレーダーからは、底値に近い水準で利確させられ、その後の下落分を取り損ねた、あるいは維持していたヘッジを失ったという不満が多数報告されました。なぜ自分のポジションが、どの価格で閉じられたのかが体感的に分かりにくかったという指摘もあります(記録自体はオンチェーンで追跡できます)。ルールどおりに処理された事実が、当事者の納得までは保証しません。事件後のアナリストの間では、問題はADLという仕組みの存在ではなく、発動の頻度と、対象や価格の透明性にあるという整理が多く示されました。運営側からは計算式の改良を研究しているという発言が報じられていますが、ADLの仕様変更は2026年8月時点で確認できません。

数字で見るその後

Hyperliquidの建玉(未決済の持ち高)は、暴落前の約138億ドルのうち約74億ドル分(過半)が消失しました。出来高は暴落後の7日間で約17%増えましたが、同じ期間の1日あたり清算額は平均で約70%増えており、損失を取り返そうとして再び清算されるトレーダーが多かったことを示しています。市場全体はその後も軟調に推移し、11月には時価総額がさらに大きく減少しました。なお、HLPのTVL(預かり資産の総額)はその後長期的に減少しました(B-18)。ただし、原因は暴落による損失ではありません。HLP自身は暴落でプラス10%を出しています。減少の背景には、平常時の収益が細っているという構造的な要因があります(B-18)。因果の向きを取り違えると、この暴落の評価を誤ることになります。

B-31のJELLY事件と並べると、対比がはっきりします。JELLYは人為的な攻撃に対し、バリデータ投票という裁量で市場を止めた事件でした。10月の暴落は、市場全体の急落に対し、止めずにルールどおりの自動機構で応じた事件です。介入した事件と介入しなかった事件が、同じ年の同じ取引所で起きたことになります。

まとめ:設計どおりの結果と、納得との距離

要点を振り返ります。

この記事のまとめ

  • 2025年10月10-11日、関税表明を引き金に報告ベース約190億ドルの清算。過去最大とされる規模
  • Hyperliquidは清算約100億ドル・全損ウォレット1,000超ながら、稼働を維持しバッドデットはゼロ
  • 稼働2年超で初のクロスマージンADLが発動。対象は高利益×高レバレッジの順で、ポジションを持たない人には及ばない設計
  • HLPの約4,000万ドルの利益はADLではなくバックストップ清算に由来。同じ暴落で受け皿側が損をした競合例も存在
  • 大手CEXでは担保評価の設計が清算を増幅し、約2.83億ドルの補償に発展

perp(無期限先物)を取引する場合の実務的な帰結は、一点に絞れます。含み益が大きく、レバレッジが高いポジションほどADLの対象として優先される以上、自分の勝ちポジションも強制決済され得ることを前提に、利確の計画やレバレッジの水準を決めておくのが現実的です。ADLの現行仕様は公式ドキュメントで確認できます。次の記事では、価格と利用が互いに強め合う「反射性」という観点からHyperliquidの成長構造を扱います。

本記事は情報提供を目的としたもので、投資助言ではありません。暗号資産は価格変動が大きく、元本割れの可能性があります。記載の数値は最終確認日(2026-08-13)のものです。

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