当サイトのB-18B-30で名前だけ登場してきた「JELLY事件」について、中身を知りたい方に向けた記事です。2025年3月26日、Hyperliquidは流動性の薄い一つの銘柄をめぐり、約2時間で上場廃止と全ポジションの強制決済に至りました。

結果を先に示すと、ユーザーの資金は守られ、仕掛けた側も利益を得られませんでした。同時に、分散型を掲げる取引所が人の判断で市場を止め、決済価格を決めたという前例が残りました。この二面性が、評価が今も割れる理由です。

攻撃の再現手順ではなく、何が起き、何が変わり、何が残ったのかを順に追いかけます。

前提:なぜ小さなコインがHLPを脅かせたのか

事件の経過を追う前に、なぜ時価総額1,000万〜2,500万ドル台の銘柄が2億ドル超のプールを脅かせたのか、その前提を3点に分けて確認します。

JELLYはどんなコインだったか

JELLY(JELLYJELLY)は、2025年1月末にSolana上で発行されたミームコイン(話題性を主な価値の源泉とするコイン)です。ソーシャル動画アプリの関連トークンとして登場し、発行直後の急騰で約$0.21を付けたあと、2月上旬までに約$0.01へと約95%下落しました。事件直前の時価総額は約1,000万〜2,500万ドル台(集計時点により幅があります)です。Hyperliquidはこの銘柄のperp(無期限先物)を上場しており、現物の取引はほぼSolana上で行われるという分業の構図でした。時価総額が小さく、現物の流動性が薄い——以降の前提はこの2点です。

清算の受け皿という構造

HLP(プロトコル公式の運用プール・B-18)は、マーケットメイクの収益を預金者に開放する仕組みであると同時に、清算の受け皿という役割を持ちます。Hyperliquidでは、証拠金不足で破綻したポジションを板で処理しきれない場合、HLPがポジションごと引き取る設計です(清算の3段階の仕組みはB-6)。ここで重要なのは、引き取った瞬間から、そのポジションの損益はHLPに資金を預けた人たちのものになるという点です。

そしてJELLYでは、現物とperpの規模が極端に不均衡でした。時価総額1,000万〜2,500万ドル台の現物に対し、事件当日、perp側には約410万ドル(約6.5億円)相当のショート(売り持ち)が建てられました。現物価格を動かすコストは小さいのに、perpの建玉(未決済の持ち高)は大きくできる。現物の買い上げでHLPの損益を操作する余地は、この非対称から生まれました。

当時は自動の歯止めが働かない設計だった

perpの清算には最終手段としてADL(自動デレバレッジ。対向する利益側のポジションを強制的に縮小する仕組み・B-6)が用意されています。ところが当時の設計では、ADLの発動判定はHLP全体の口座余力を基準にしていました。HLPは1つの塊ではなく、マーケットメイクを担う部分と、清算を引き受ける部分に分かれています。清算の受け皿部分が単体で巨額の含み損を抱えても、HLP全体で見ればまだ余力があるため、ADLは作動しません。損失の膨張を自動で止める装置が、この局面では事実上働かない設計だったことになります。この欠陥がその後どう修正されたかは、後段の対策の項で対応関係を確認します。

2時間の時系列:何が起きたか

2025年3月26日の経過を表に整理します。時刻はUTC(協定世界時)で、日本時間では同日22時ごろから翌未明にかけての出来事です。仕掛けた側は、ショートとは別の口座で計400万〜500万ドル規模のロング(買い持ち)も事前に建てていました。表中の「自己清算」とは、自分のポジションをわざと証拠金不足に追い込んで破綻させ、清算の受け皿であるHLPに引き取らせる操作を指します。仕掛けた側から見ると、破綻させたショートの含み損はHLPに移り、自らは別口座のロングで急騰の利益を狙える。この損益の付け替えが構図の中心にあります。

時刻(UTC)出来事
13時前約410万ドル相当のJELLYショートが構築される
13時すぎ証拠金の引き抜きによる自己清算で、ショートがHLPへ移管される
13時〜14時Solana上の現物市場で買い上げが進み、価格が1時間で400%超上昇(起点の取り方により250〜560%)
13時台〜14時台HLPの含み損が一時1,000万〜1,350万ドル(約16億〜21億円)に拡大。前後してBinance・OKXがJELLYのperp上場を発表(取引開始は15:30/16:00)
15時台バリデータ投票が約2分で成立し、上場廃止を決定。全ポジションを$0.0095で強制決済
16時前公式声明を公表
翌3月27日補償価格と再発防止策を発表

※分単位の時刻はコミュニティ記録に基づきます。上昇率と含み損は報道により差があるため、幅のまま記載しています。

ショートを引き取ったHLPにとって、現物価格の上昇はそのまま含み損の拡大を意味します。価格がさらに上がっていれば、当時2億ドル超(約320億円超)あったHLPの資金全体が危険に晒されたとの試算も報じられています(CCN)。運営側が約2時間で決断に踏み切った背景には、この切迫があったと見られています。補償については、事件当日中に公式声明で方針を明言し、翌27日に具体的な補償価格と対策を発表するという2段階で示されました。なお、事件を受けてHYPE(Hyperliquidの独自トークン)は約16ドルから13ドル割れまで約20%下落し、その後回復しています。

決着の設計:攻撃者の建値で決済するという選択

$0.0095の意味:市場価格を無視した決済価格

強制決済に使われた$0.0095は、決済時の市場価格から大きく乖離した価格です。急騰後の市場価格でもオラクル(外部の参照価格を取り込む仕組み)の値でもなく、攻撃者がショートを建てた水準(建値)に、全参加者のポジションが上書きで決済されました。取引所側が決済価格そのものを定めた、ということです。攻撃による損益の移転を事後的に打ち消す価格設定だった、と言い換えることもできます。

まず向きを確認します。HLPが引き取っていたのはショートでした。価格が上がるほど損が膨らみ、下がれば戻ります。決済に使われた$0.0095は攻撃者が建てた水準とほぼ同じで、急騰する前の価格まで戻して決済したのと同じ効果を持ちました。主体ごとに結果を分けると次のようになります。HLPに移っていたショートは建値に近い水準での決済となり、ロング側——攻撃者の別口座と、急騰に便乗した第三者——が抱えていた含み益は消滅。ショートを引き取っていたHLPは約70.3万ドル(約1.1億円)のプラスで着地しました(公式声明とオンチェーン集計に基づく数値です)。攻撃者の資金の動きは入金約717万ドルに対し出金約626万ドルで、残る約90万ドルは凍結されています(2026年8月時点)。つまり、仕掛けた側はこの攻撃単体ではほぼ利益なし、凍結分を含めれば損失で終わっています。また、HLPがプラスで着地した事実は、後述する批判——介入を決める側が自らの損失を回避できる——の論点にもなりました。

$0.0095決済で誰が守られ、何が前例になったか

一般のロング保有者に対しては、Hyper Foundation(Hyperliquidを支援する財団)が$0.037555を基準とした補償を実施しました(攻撃関連としてフラグが付いたアドレスを除きます)。強制決済価格$0.0095との差額は財団の持ち出しで、決済前に清算されてしまったロングも救済対象に含むと説明されました。もっとも、補償の総額や対象人数の公式な集計は確認できません。結果として、攻撃と無関係なユーザーの実損は限定的に抑えられました。引き換えに、運営側の判断で決済価格が定められ、市場が止められることが実例になりました。

投票という形式の実態

上場廃止の決定は、形式上はバリデータ(取引を検証しブロックを承認するノード運営者)の投票によるものです。ただし、当時のバリデータ構成は小規模で、投票は約2分でクオーラム(定足数)に到達し、ステーク(投票の重み)は財団系バリデータが過半を占めていました。加えて、投票の調整はオンチェーンに記録の残らない形で行われたと指摘されています。何票がどう投じられたかの公開記録は確認できません。この事件からは「バリデータ・プット」(危機時には運営側が介入するはずだという市場の期待を指す概念。投資会社Galois Capitalが提起)という言葉も生まれました。この決め方と「分散型」の掲げ方をどう評価するかは、B-34で主題に据えます。

世間の反応:批判と擁護

批判は複数の方向から出ました。取引所BitgetのCEOであるGracy Chen氏は、一連の対応を「未熟で、非倫理的で、プロフェッショナルでない」と述べ、「FTX 2.0への道を歩みかねない」と警告しました。同氏が挙げた論点は、運用と清算の受け皿を兼ねるHLPの構造がリスクをユーザーに転嫁していること、そして有利な価格での強制決済が危険な前例になることの2点で、批判は「取引所の基盤は資本ではなく信頼」という言葉に集約されます。BitMEX共同創業者のArthur Hayes氏は「Hyperliquidが分散型だというフリはもうやめよう」と批判しつつ、「HYPEはどうせすぐ元の水準に戻る」とも述べています。

事件の進行中にBinanceとOKXがJELLYのperp上場を相次いで発表した事実もあります。CEX(中央集権型取引所)での上場は現物の買い圧力を強め得るタイミングだったため、意図的な「追い打ち」ではないかという見方がコミュニティで広がりましたが、両社の関与を示す直接の証拠は確認されておらず、両社からの説明もありません。

擁護側では、メディア運営者のKyle Reidhead氏が「トレーダーが求めているのは24時間365日・KYCなしで使える取引所であって、分散化の看板ではない」と反論しています。批判も擁護も、$0.0095での強制決済という同じ一つの決定に向けられています。どちらの見方に分があるかは、次に見る「事件が何を変えたか」まで含めて判断するのがよいでしょう。

事件は何を変えたか:対策とその限界

実装された対策

運営側は翌27日の声明で「昨日の出来事は謙虚さの教訓」と表明し、前段で挙げた欠陥に対応する変更を発表・実装していきました。

  • 清算の受け皿の分離・上限化:バックストップ清算(板で処理できない清算を最後に引き受ける処理)を担う部分をHLP全体から切り離し、資金を全体の小さな割合に制限
  • ADL発動条件の修正:受け皿単体の損失を基準に発動を判定する設計へ変更(「HLP全体の余力で判定」という欠陥への直接の修正)
  • 建玉上限の動的化:銘柄の時価総額・流動性に連動して建玉の上限を調整(「建玉は現物の流動性に見合う規模まで」という設計原則の実装)
  • 上場廃止投票のオンチェーン化:投票を記録の残る形に変更し、事件の3日後に別銘柄(MYRO)で初適用
  • 証拠金制度の変更:ポジションサイズが大きいほど最大レバレッジを引き下げる階層制を2025年5月に導入

「自動の歯止めが働かない」「現物の流動性に対して建玉が過大になれる」という、事件を成立させた条件への対応が中心です。

約8カ月後の再テスト:POPCAT事件

対策の効果は、2025年11月のPOPCAT事件(B-30の年表で触れた事件)で試されることになりました。低流動性のミームコインに大口のレバレッジ取引が持ち込まれ、連鎖清算の負担を引き受けたHLPが約490万ドル(約7.7億円)の損失を出した事件です。このとき、JELLYのような上場廃止と強制決済は行われず、HLPが設計どおり損失を吸収しました。市場を止める判断がなされなかった理由について、公式な説明はありません。なお、米国上場のHYPE現物ETFの目論見書には、この局面での出金とブリッジの一時停止に触れた記載もあります(B-38)。市場そのものを止めなかったことと、運営側の操作が一切なかったことは別に読む必要があります。ただ、受け皿の分離と建玉上限により、JELLY型の「取引所全体を脅かす波及」は抑えられたと整理できます。一方で、「低流動性×大口レバレッジ」という攻撃の入口そのものは残っている——対策の効果と限界が対で確認できる事例です。JELLYの2時間とPOPCATの静観を並べたとき、変わったのは攻撃の有無ではなく、攻撃が及ぶ範囲だったことが分かります。

まとめ:残った問いは「危機のとき、誰がどう決めるのか」

要点を振り返ります。

この記事のまとめ

  • 低流動性銘柄の現物買い上げで、HLPに移したショートの含み損を膨らませる攻撃。当時はADLの発動判定に構造上の穴
  • 約2時間でバリデータ投票が成立し、上場廃止と$0.0095(攻撃者の建値)での全ポジション強制決済を実施
  • HLPは約+70.3万ドルで着地、ロング保有者は財団が補償。攻撃者もほぼ利益なし〜損失で終了
  • 引き換えに、人の判断で決済価格を定め市場を止めた前例が成立
  • 対策後のPOPCAT事件(2025年11月)では上場廃止・強制決済に至らずHLPが損失を吸収。ただし攻撃の入口は残存

この事件を「解決済みの過去」とも「危険の証明」とも一括りにする必要はありません。直った欠陥は受け皿の分離・ADL発動判定・建玉上限の3点、残った論点は低流動性銘柄の攻撃の入口と危機時の意思決定の2点です。HLPへの預け入れやperp取引を検討する場合、判断材料になるのは後者です。流動性の薄い銘柄のperpに触れる場合は、その銘柄の建玉上限やレバレッジ階層がどう設定されているかを、最新の公式ドキュメントで確認しておくのが安全です。「危機のとき、誰がどう決めるのか」という残された問いは、第7章の後半にあたるB-34(分散化はどこまで本物か)で正面から扱います。

次の記事では、2025年10月の暴落と初めて発動したADLを扱います。

本記事は情報提供を目的としたもので、投資助言ではありません。暗号資産は価格変動が大きく、元本割れの可能性があります。記載の数値は最終確認日(2026-08-13)のものです。

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