Hyperliquid上では、暗号資産だけでなく株式や金のperp(無期限先物)まで取引されるようになりました。こうした市場を用意しているのは、いったい誰なのでしょうか。
市場を作っているのはHyperliquid本体ではなく、外部の開発者です。HIP-3という制度が、条件を満たした事業者にperp市場の開設を開放しました。
第6章ではこのHIP-3を4記事に分けて扱い、初回となる今回は制度の仕組みに集中します。読み終えるころには、「本体の市場」と「外部が開いた市場」を見分けて、その違いを自分で確かめられるようになるはずです。
HIP-3は、Hyperliquidの改善提案(Hyperliquid Improvement Proposal)の3番目で、正式にはbuilder-deployed perpetuals(ビルダー展開型perp)と呼ばれます。中身を一言でいえば、外部の開発者がHyperliquid上に自分のperp取引所(perp DEX)を開設できる制度です。B-20で見たHIP-1がスポットトークンの発行規格だったのに対し、HIP-3はperp市場の開設規格にあたります。
コア市場(Hyperliquid本体が運営する従来のperp市場)では、どの銘柄を取り扱うかは本体側が判断してきました。利用者は、用意された銘柄の中から選ぶ立場です。HIP-3はこの構図を変えました。条件を満たした外部の事業者が、独自の銘柄設計で市場を持ち込めるようになり、株式・株価指数・コモディティ・プレIPO(未上場企業の株式を対象とする市場)といった暗号資産以外の資産クラスが広がる入口になっています。
公式ドキュメントはHIP-3を「perp上場プロセスの完全な分散化に向けた重要なマイルストーン」と位置づけています。取引所自身がすべての上場判断を持ち続けるのではなく、板取引の基盤そのものを外部の開発者に開いていく構想の一部です。この構想が持つ戦略的な意味はB-29で掘り下げるため、ここでは「上場の権限を外部に配りはじめた」とだけ押さえて先へ進みましょう。
HIP-3で市場を開設・運営する事業者を、デプロイヤー(市場の展開者)と呼びます。B-23のビルダーコードは、注文の入口となるアプリを作る仕組みでした。デプロイヤーが作るのは市場そのものです。両者は別の制度で、実際には、デプロイヤーが開いた市場へビルダーコードのアプリが注文を流す、という積み重なる関係になります。経緯としては、2025年5月2日に公式が制度を発表し、同年10月13日にメインネットで稼働を開始しました。
市場の開設は無条件に開かれているわけではありません。このセクションでは、デプロイヤー側に課される条件を確認します。
デプロイヤーになるには、50万HYPEをステーク(ネットワークへ預け入れてロック)する必要があります。2026年7月時点で約2,700万ドル、約43億円に相当する規模です(1ドル=158円で換算。以下同じ)。この担保はDEXの開設後、最低183日間維持する義務があり、解除を申請してから完了までの7日間の待機中も、後述する没収の対象に含まれたままです。
預けたHYPEには、スラッシング(違反時にステークを没収する罰則)が設定されています。公式ガイドラインが挙げる水準は、無効な状態遷移や長時間のネットワーク停止を引き起こす行為で最大100%、短時間の停止で最大50%、性能の劣化で最大20%です。実際の没収量は、バリデータ(ネットワークの検証者)による投票のステーク加重中央値で決まります。ここで基準がネットワークの健全性に置かれている点は見逃せません。利用者の損失に直結する運営ミスが没収の対象になるかどうかは、現時点のルールからは明確に読み取れないためです。この論点はB-28で正面から扱います。
約43億円級の担保は、単独で用意できる事業者を限定します。これに対して、複数の出資者から資金を集め、共同でデプロイヤー要件を満たす周辺の仕組みも登場しています。預け入れたHYPEの量に応じて、取引所の収益の一部を分配する設計のものも見られます。参加の入口が大手だけに閉じていると言い切れない点は、条件の重さとあわせて押さえておきたいところです。
1つのデプロイヤーが開設できるDEXは原則1つです。DEXの開設自体はステークのみで可能で、最初の3資産まではオークションなしで上場できます。4資産目以降の追加は、31時間かけて価格が下がるダッチオークションを通す必要があり、これはB-20で見たHIP-1の銘柄オークションと同じ方式です。2026年5月のある米国株銘柄の追加上場では、開始価格1,000HYPEから31時間の下落を経て、500HYPE(当時約2万ドル)で落札が成立しています。このほか、デプロイヤーはオークションの終了を待たずに、その時点の価格で上場できる権利を初期に7つ持ち、オークション経由のデプロイを重ねるごとに少しずつ増える(5件ごとに1枠)仕様です。
開設の条件を見たところで、出来上がった市場がコア市場とどう違うのかを確認します。違いは見た目ではなく、市場を支える構造の側にあります。
perpの証拠金計算や清算は、オラクル(外部の価格情報を市場に供給する仕組み)が示す参照価格に依存します。コア市場ではこの価格をネットワーク側のバリデータが供給するのに対し、HIP-3市場ではオラクルの定義と運営をデプロイヤー自身が担います。何を価格源にするかは、プロトコルの仕様上はデプロイヤーの設計に委ねられています。これが本体市場との構造差の中心であり、ここに由来するリスクの中身はB-28で詳しく扱います。
B-18で確認したとおり、コア市場の清算にはHLP(清算の受け皿を担う公式のVault)がバックストップとして控えています。HIP-3市場はこの対象外です。清算の受け皿はDEXごとに独立した清算の担い手が用意され、それでも処理しきれない場合はADL(自動デレバレッジ。反対側の利益ポジションを強制的に決済して不足分を相殺する仕組み)に進みます。最後にADLが控える点は共通でも、その手前で損失を引き受ける仕組みは別物です。
HIP-3市場の手数料について、Hyperliquidの仕様はデプロイヤーが最大50%まで受け取れるという定めです。実際に先行するtrade.xyzは、コア市場の2倍の料率を設定し、その収入をプロトコルと折半しています。デプロイヤーは料率を上乗せすることも、growth mode(新しい市場の育成向けに手数料を大幅に引き下げる設定)で薄くすることもできます。加えて、デプロイヤーは取引停止(halt)の権限を持ちます。全注文を取り消したうえで、その時点の価格でポジションを決済し、市場を畳むことができる権限です。担保資産(証拠金として預ける資産)を何にするかも、デプロイヤーが任意に選べる仕様になっています。なお、利用者側から見た手数料には、コア市場と同じ割引(ステーキング割引や紹介割引など)がHIP-3市場でも適用されます。
ここまでの構造差を表にまとめます。
| 項目 | コア市場 | HIP-3市場 |
|---|---|---|
| 上場の決定 | Hyperliquid本体 | デプロイヤー(4資産目からはオークション) |
| 参照価格(オラクル) | ネットワーク(バリデータ)が供給 | デプロイヤーが定義・運営 |
| 清算の受け皿 | HLPがバックストップ | DEXごとの独立した清算の担い手 |
| HLPの関与 | あり | なし |
| 手数料水準 | 基準の料率 | デプロイヤーが最大50%まで受領可(先行するtrade.xyzはコアの2倍を設定) |
| 取引停止の権限 | 本体 | デプロイヤー |
| 担保資産 | USDC建て | デプロイヤーが任意に選択 |
制度の枠組みを押さえたところで、実際にどれだけ使われているのかを見ます。
建玉(OI。未決済ポジションの総額)は、2026年1月の約7.9億ドルから、3月に約14億ドル、6月に30億ドル超と伸び、2026年8月中旬時点では外部トラッカーの集計で約42億ドル(約6,600億円)に達しています。半年余りで約5倍の拡大です。
ピークの日にはHyperliquid全体の出来高の半分近くをHIP-3市場が占めたともされます。出来高については、2026年5月の月間で620億ドルという報道があるほか、直近30日で約1,200億ドルとする外部トラッカーの集計も見かけます(2026年8月中旬時点)。集計の対象や方法はソースごとに異なるため、幅のある数字として読む必要があります。
中身の面でも暗号資産以外が中心で、2026年3月時点の報道では、建玉上位30市場のうち暗号資産のペアは7つにとどまりました。いずれの数値も変動が大きく、本記事の数字は執筆時点のものです。最新の値は外部トラッカーや公式の統計で確認してください。
オンチェーンで確認できるHIP-3 DEXは9つありますが(2026年8月時点)、建玉の9割超(2026年6月時点)はtrade.xyzの1社の市場が占めています。同社は米国株・株価指数・コモディティ・プレIPOのperpを提供し、2026年3月にはS&P Dow Jones IndicesからS&P 500のライセンスを取得しました。なお、これらの市場が利用者に届く経路は、主に外部のビルダーアプリ経由です(B-23)。稼働初期には、同じHIP-3銘柄を掲載したアプリと掲載を見送ったアプリの両方が実例としてあり、どの銘柄が見えるかは使うアプリによって変わります。
プレIPOのperpを運営していたVentualsは、2026年6月15日に事業の終了を発表しました。主要市場は終了の発表とあわせて直近24時間のTWAP(時間加重平均価格)で決済され、デプロイの担保として出資者から集めていたHYPEは利回り付きで返還されています。これは、前のセクションで見た取引停止の権限が実際に行使された例です。告知と返還を伴って市場を閉じられることを示すと同時に、保有中のポジションが運営側の判断で決済されうることも示しました。
規模の拡大と引き換えに、利用者側のリスクの構図も変わりました。最後にこの点を整理します。
コア市場を使うとき、利用者が信頼する相手はHyperliquid本体とそのネットワークでした。HIP-3市場では、そこへ市場ごとのデプロイヤーが加わります。参照価格の運営も、清算の受け皿の用意も、取引停止の判断も、いずれもデプロイヤーの領分です。つまり、取引する市場の数だけ、信頼を置く相手が増える構造になりました。本体のインフラ(板・約定・入出金)への信頼が不要になったわけではなく、その上にデプロイヤーへの信頼が積み増しされる、という足し算の関係です。
2026年7月28日朝(韓国時間)、trade.xyzが運営するSK Hynixのperpで、参照先である韓国市場の異常な約定価格をオラクルが取り込み、perp価格が約19%急落しました。清算された口座と金額、デプロイヤーの説明と補償、この事件が示した構造上の論点はB-28で扱います。
このほか、市場の数が増えるほど流動性が分散し、小規模な市場では板の薄さやスプレッドの拡大が問題になりやすい、という指摘が外部のリサーチから出ています。規制の面では、英国のFCA(金融行為規制機構)が2026年5月にHyperliquidを無認可事業者のリストに追加しており、この論点はB-39で扱います。
HIP-3という制度の中身を、開設の条件・本体市場との構造差・現在地・リスクの順に見てきました。要点を振り返ります。
この記事のまとめ
実務の第一歩は、気になる銘柄を見つけたら、それがどのDEX(どの運営者)の市場なのかを確かめることです。見え方は利用するアプリごとに異なるため、銘柄の詳細情報や外部トラッカーの表記から運営者を特定し、そのうえで取引するかどうかを判断するのが安全です。なお、HIP-3には予測市場を対象とするHIP-4という姉妹制度も発表されています。次の記事では、HIP-3市場の代表格である株perpの正体を扱います。