JELLY事件では約2分の投票で市場が止まり(B-31)、2025年10月の暴落では清算のルールが裁量なしに自動で走りました(B-32)。第7章で見てきたこの2つの事件は、同じ一つの問いにつながっています。「このチェーンは分散型なのか」です。
この問いは、実はそのままでは答えられません。機能ごとに開き方がまったく違うからです。「どの機能の話か」を先に指定し、それから数字で測る。これが本記事の提案です。
本記事が下すのは「本物か偽物か」の判定ではなく、読者が自分で測るための基準と数字です。なお、暗号資産の取引には元本割れを含むリスクがあります。
「分散化」を数字で議論するとき、実際に使われている基準は複数あります。代表的なものを並べます。
学術研究でも、分散化をコンセンサス・ネットワーク・ガバナンス・富の分布・トランザクションの5つの面に分けて複数の指標で測る枠組みが提案されています。どの基準であれ、一つの数字だけを見ると、数え方しだいで答えが変わります。その変わり方を、次のセクションで実際の数字で確かめます。
2026年8月時点で、Hyperliquidのアクティブバリデータは27です(2026年6月に24から拡大)。このうち5ノードをHyper Foundation(財団)自身が運営し、財団系の委任を含むステーク比率は約49.3%とされます(2026年6月の財団による再委任後)。2025年初の約81%からは大きく低下し、独立系のステークが初めて過半に達しました。B-29で触れた「財団は運営者かインフラか」という論点の、その後を示す数字です。
この約49.3%の含意を、ここでまとめて押さえます。なお、ここで出る33.3%は、先ほどのBFTの閾値とは別の話です。数字が同じなのは偶然で、こちらは可決に必要な票数から導かれます。
これは比率から導いた計算上の帰結であり、財団が実際に拒否権として行使した事例が確認されているわけではありません。
なお、バリデータへの登録そのものは誰でも可能です(自己委任1万HYPE・1年ロック)。ただし、アクティブセットに入るには実質100万HYPE超のステークが必要とされ、その水準に届くかどうかを財団の委任プログラムが大きく左右してきました。登録の開放と実質の選抜が併存している構図です。
外部の集計サイトでは、Hyperliquidのナカモト係数は3とされます(2026年8月5日閲覧時点)。上位3バリデータのステークを合わせると33%を超える、という意味です。ここで、前のセクションで予告した「数え方の問題」が現れます。この上位バリデータは、いずれも財団が運営する5ノードに含まれます。バリデータを別々の主体として数えれば3ですが、財団を一つの主体としてまとめれば、係数は実質1になり得ます。
公平のために付け加えると、ナカモト係数3という値自体は特異ではありません。Cosmos Hubも同じ3とされます。同じ3でも、その中身が別々の事業者なのか、同一主体の運営するノード群なのかで意味は変わり、Hyperliquidは後者にあたります。
| チェーン | バリデータ数 | ナカモト係数 |
|---|---|---|
| Hyperliquid | 27 | 3 |
| Cosmos Hub | 約180(アクティブ上限) | 3 |
| BNB Smart Chain | 45 | 7 |
| dYdX Chain | 60 | — |
| Solana | 約800〜1,800 | 10〜20 |
| TRON | 27 | 13 |
数値は2026年8月5日閲覧時点の外部集計で、変動します。Solanaのバリデータ数が大きく割れているのは、投票に参加するノードだけを数えるかどうかなど、集計方法の差によるものです。TRONはHyperliquidと同じ27バリデータでもナカモト係数は13とされ、数が同じでもステークの分布で結果が分かれることが読み取れます。dYdXの係数は今回確認できていません。Ethereumは表から外しました。バリデータの「枠」が数十万規模ある反面、1主体が多数の枠を運営するため、この表の主体数とは比較できないからです(クライアントは複数の実装が併存します)。ノードソフトの公開状況では、Hyperliquidが非公開の単一クライアントであるのに対し、dYdXは60バリデータをフルオープンソースで運営しています。この対照は、次のセクションの擁護側の議論で改めて取り上げます。
2026年6月から7月にかけて、Forward Industries会長のKyle Samani氏(元Multicoin Capital)は「Hyperliquidはパーミッションレス(誰の許可もなく参加できる状態)ではない」と批判しました。同氏は競合にあたるSolana系プロジェクトへの投資で知られる立場で、利益相反を割り引いて読む必要があります。論拠は具体的です。ノードのソースコードが非公開であること、財団がバリデータをjail(一時的な排除)にできること、強制アップグレードの権限を持つことです。
批判側には、こうした状態を分散化を装った見せかけにすぎないと断じる論者もいます。2026年7月に海外メディアが公開したガバナンス検証記事も、選抜的なバリデータセットと財団加重のガバナンスを列挙したうえで、最も重大な課題はクローズドソースだと結論づけました。
運営側の立場は「段階的分散化」(中央集権的に始め、段階を踏んで権限を外部に渡していく運営方針)です。その実績は数字で追えます。バリデータはローンチ時の4〜5(すべて財団運営)から、2025年4月の登録パーミッションレス化を経て27へ。財団系ステークは約81%から前述の約49.3%へ。HIP-1(スポット資産の発行)、HIP-3(perp市場の開設)、ビルダーコード(取引入口の構築)と、許可なく使える機能も積み上がってきました(B-20・B-23・B-26)。
ガバナンス投票にも実績が蓄積しています。JELLYでの約2分のオフチェーン調整(B-31)の2日後にはオンチェーンの上場廃止投票が実装され、3日後に別銘柄で初適用されました。2025年9月のUSDHティッカー投票(ステーブルコインの名称使用権を競った投票・B-21)では財団が棄権し、影響力を自制する前例を作りました。2026年6月12日には、約50億ドル(約7,900億円)のUSDC準備金の利回り配分を決めるAQAv2が、26バリデータ中19の賛成(ステーク69.08%)で可決されています(投票時点のバリデータ構成は26でした)。
対照例がdYdXです。フルオープンソース・60バリデータという構成を先に実現しながら、出来高と流動性ではHyperliquidに大差をつけられています(B-29)。先に分散化しても市場で勝てるとは限らない、という運営側の実用主義を支える実例です。
一方で、履行されていない約束も残ります。ノードのソースコード公開は「HyperCoreが安定したら」という条件付きのまま、2025年初から2026年8月時点まで期日が示されていません。この点が論点の核になるのは、コードの非公開が性能と関係のない集中要素だからです。バリデータの少数構成には処理速度という設計上の説明が立ちますが、ソースを公開しないことで速くなるわけではありません。前述の検証記事が「最も重大」と切り分けた理由もここにあります。また、JELLY型の緊急介入を可能にする権限は現在も残っています。
ここまでの材料を、冒頭の提案に沿って一枚に集約します。「分散化されているか」ではなく「どの機能の話か」。機能ごとに開き方を並べると次のようになります(2026年8月時点)。
| 機能 | 開き方 | 補足 |
|---|---|---|
| 取引する | ほぼ誰でも可(KYC=本人確認なし・セルフカストディ) | JELLY時に約90万ドル(約1.4億円)相当のアドレス凍結前例(B-31) |
| 取引の入口を作る | パーミッションレス | ビルダーコードで誰でも構築可(B-23) |
| 資産を発行する | パーミッションレス(有料) | HIP-1のオークション(B-20) |
| perp市場を開設する | 条件付きで開放 | HIP-3。50万HYPEのステークが条件(B-26) |
| 資産を持ち込む・持ち出す | バリデータ署名に依存 | ブリッジ(B-10)。集中リスクが同じ一点に重なる(B-30) |
| 清算・ADLの執行 | ルールの自動執行 | 裁量を挟まず走る(B-32) |
| 上場廃止・緊急介入 | 許可制(ステーク加重投票) | 前述の約49.3%により財団の事実上の拒否権が残るとの推測 |
| ノードを運営する | 登録は開放・実質は選抜 | 上位は財団運営。不正時にステークを自動没収する自動スラッシングは存在しない |
| コードを検証する | 閉鎖 | ノードは非公開・単一クライアント |
| 開発に参加する | 閉鎖 | 開発は11人のチームに集中(2026年1月時点の報道) |
表を見ると、開いている機能は取引・入口・発行というユーザー体験の層に、閉じている機能は危機対応と開発の層に、それぞれ集中しています。批判側と擁護側は、同じ表の別の行を見て「中央集権的だ」「分散が進んでいる」と言い合っています。双方が引く数字はどちらも事実で、違うのは参照している行です。「分散化されているか」という問いが未完成なのは、このためです。
平時に、分散度の差を取引体験として感じる場面はほとんどありません。差が表面化するのは危機時と規制対応の局面に限られます。危機が来る前に測る基準を持つ意味は、ここにあります。
JELLY事件の際、Galois Capitalは「バリデータ・プット」という言葉で、危機になれば運営が介入してくれるという市場の期待を指摘しました(B-31)。実際、JELLYではバリデータ投票による介入がHLP(と、そこに預けていたユーザー)を損失から守りました。同じ権限が、別の場面で別の対象に向けて使われる可能性は残ります。介入するかどうか自体が裁量であることは、2025年11月のPOPCATの急変時に、JELLYのような上場廃止と強制決済が行われなかった事実からも確認できます。
第7章の2つの事件は、この軸で読み直せます。JELLY(B-31)は裁量のある機能が動いた事件、2025年10月の暴落(B-32)は裁量のない自動執行だけが動いた事件でした。マッピング表の「許可制」の行と「自動執行」の行の違いは、危機のときにユーザーが直面する場面の違いそのものです。
米国で審議中のCLARITY法案(2026年8月時点で成立していません)は、「成熟したブロックチェーン」を、いかなる者にも、共通の支配下にあるグループにも支配されないシステムと定義し、その認定を規制区分に結びつける構造を持ちます。つまり分散度の測定は、思想の問題ではなく、規制上の扱いを分ける実務の問題になりつつあります。この論点の詳細は第8章で扱います。
財団の動きも一方向ではありません。委任は減らしていますが、2026年2月にはPolicy Center(政策渉外の拠点)を100万HYPE(当時約2,900万ドル・約45.8億円)の拠出で設立し、同年5月にはワシントンの政策担当者との面会も公表されました。手を引く領域と、新たに手を広げる領域が同時に進んでいます。なお、バリデータを大きく増やすことには処理速度とのトレードオフが伴います。少数・低遅延の構成ほど速度を出しやすいというBFT型の設計特性は、数字の推移を読むときの前提になります。
要点を振り返ります。
この記事のまとめ
今後の観察に使える指標は5つあります。ノード公開に期日が示されるか。財団委任比率が33.3%を下回るか。ナカモト係数が3からどう動くか。財団の棄権が慣行として定着するか。そして規制上の分類がどう決まるか。あわせて「約束に期日があるか」「危機のあとも開放の前進が止まらないか」という2つの検証観点を持っておくと、改善の進捗と未履行の放置を区別しやすくなります。取引や需給の面での定点観測の指標は、B-44で別途扱います。第7章はここまでです。次の記事からは第8章に入り、他チェーン・競合取引所との競争、機関投資家の参入、規制の動きを扱います。