Hyperliquidはperp(無期限先物)専門の取引所、という印象を持つ方も多いはずです。実際の取引画面にはSpotタブが用意されており、HYPEをはじめとする現物(スポット)も売買できます。そこに並ぶトークンが何なのかを知らない方に向けた記事です。
先に要点を示すと、スポット市場を支えているのはHIP-1(トークンの発行と上場の規格)とHIP-2(流動性の自動供給)という2つの仕組みです。トークンの発行から売買の場(板)の用意までを、人手ではなくプロトコル(システムのルール)が引き受けています。
読み終えるころには、Spotタブに並ぶトークンがどこから来たものなのか、なぜ値動きが荒くなりやすいのかを自分の言葉で説明できるようになるはずです。なお、特定のトークンを紹介・推奨する記事ではありません。
Hyperliquidの取引レイヤーであるHyperCoreは、perpと現物の両方を板(オーダーブック)で運営しています。多くのDEX(分散型取引所)が現物取引にAMM(プールを介した自動売買の仕組み)を採用しているのと違い、Hyperliquidのスポットは指値・成行注文を突き合わせる板取引です。まず、同じ画面で提供されるperpとの違いを一覧にします。
| 項目 | スポット(現物) | perp(無期限先物) |
|---|---|---|
| 保有するもの | トークンそのもの | USDC証拠金と建玉 |
| レバレッジ | なし(1倍のみ) | 銘柄により最大40倍(バリデータ運営perp) |
| 清算 | なし | あり |
| 資金調達率(ファンディング) | なし | 1時間ごとに授受 |
| 口座 | Spot口座のUSDC | Perps口座のUSDC |
| 手数料(Tier 0のテイカー) | 0.070% | 0.045% |
| 主な用途 | 保有・ステーキング・HyperEVMでの利用 | 短期売買・ヘッジ |
B-4で見たとおり、perpはUSDC証拠金に対する差金決済の建玉であり、取引対象の資産そのものは手元に残りません。スポットで買った場合は、トークンそのものが自分の残高になります。決済はオンチェーンのトークン移転として行われ、送付や別用途への持ち出しもできます。その代わり、板で売れるのは保有している分だけで、perpのような値下がり方向への建玉(ショート)は組めません。
perpの記事群(B-4〜B-8)を読んできた読者が真っ先に押さえたい違いがここです。スポットにレバレッジはなく、常に1倍。証拠金維持率の管理も強制清算も存在せず、1時間ごとの資金調達率の授受もありません。強制清算がない代わりに、買ったトークンの値下がりはそのまま評価額に反映され、損失に上限が生まれるわけではありません。
同じUSDCでも、「Perps口座のUSDC」「Spot口座のUSDC」「HyperEVM上のUSDC」は別々の残高として管理されます。Perps口座とSpot口座の間の振替は、アプリ上で即時・無料で行えるとされます。
手数料率も別建てで、スポットのほうが高めです。2026年8月時点の公式ドキュメントでは、最低階層(Tier 0)のテイカー(板にある注文に当てて約定させる側)の手数料はスポット0.070%に対しperpは0.045%、メイカー(板に注文を置く側)は0.040%に対し0.015%です。ただし、手数料階層の算定ではスポットの出来高が2倍に換算されるため、階層を上げる面ではスポット取引が優遇されています。HYPEステーキングによる手数料割引(B-12)は両方に適用されます。
HYPEのステーキング(B-12)に使えるのも、HyperEVM(B-9)へ持ち出してDeFiで使えるのも、スポット残高にあるトークンだけです。perpの建玉はどれだけ大きくても、ステーキングにも持ち出しにも使えません。後述するように、単一ペアとして最大の出来高を持つのがHYPE/USDCである背景には、この「現物でなければ次の用途につながらない」という構造があるとみられます。
HIP(Hyperliquid Improvement Proposal)は、Hyperliquidの機能を拡張していく仕様群の呼び名です。スポット市場を成り立たせているのが、2024年3月に発表されたネイティブトークン規格、HIP-1です。
HIP-1トークンは、スマートコントラクトを書かずにチェーン標準の機能としてデプロイ(発行)できる、供給上限つきのトークンです。最大供給量は発行時に固定され、後から増やすことはできません。そして公式ドキュメントは、すべてのHIP-1トークンにSpot USDCを建て通貨(価格の表示と決済に使う通貨)とするスポット板が自動で用意されると定めています。発行と上場が一体化しているため、上場審査という概念がありません。取引所への上場申請の代わりにあるのは、後述のオークションと、ティッカー登録から初期流動性の設定までの一連の設定作業だけです。
ティッカー(最大6文字の銘柄コード)の取得コストは、ダッチオークション(高い価格から始まり、時間とともに下がっていく競り)で決まります。期間は31時間。開始価格は直前の落札額の2倍に設定され、買い手が現れないまま時間が経つと直線的に下がり、下限は500 HYPEです。誰も落札しないまま終わると、次回は500 HYPEから始まります。ひとつのオークションで確保できるデプロイ枠はひとつだけです。支払いは当初USDC建てで、2025年5月以降はHYPE建てに変わったとされます。なお、落札で得られるのは「デプロイする権利」の確保であり、すぐに発行・上場する義務はありません。
落札額は時期によって大きく変動してきました。HYPE上場直後の2024年12月には高騰が起き、ティッカー「GOD」が約97.6万ドル(約1.5億円。1ドル=158円で換算。以下同じ)で落札されました。これに対して2026年に入ってからの落札額は、ほぼ下限の500 HYPE近辺に張り付いています(2026年8月の公式オークションデータ確認時点)。つまり現在は、ティッカー自体を投機対象とする局面が終わり、実際にデプロイしたい事業者が下限の近くで枠を取得する市場に落ち着いているとみられます。
デプロイヤー(発行者)には、自分のトークンの取引で発生した手数料の一部が分配されます。取り分の具体的な割合については、公式ドキュメント内に異なる記述が併存しており、確かな数字が分からない状態です。デプロイヤーに分配されなかったベーストークン(取引ペアのうちUSDCではない側、発行されたトークン自身)建ての手数料は、バーン(焼却。流通からの恒久的な除外)に回ります。
一方で、オークションの落札代金は手元に戻りません。代金はAssistance Fund(B-14で扱った買い戻し基金)に送られるとされ、同基金に入ったHYPEは現在バーンされる運用になっているため、実質的に流通から取り除かれていきます。発行者から見れば、落札代金は返ってこない先行コストであり、手数料の分配はその回収手段という関係になります。
なお、HIP-1トークンはHyperEVM上のERC-20トークンとリンクさせることができ、板で取引するHyperCore側とDeFiで使うHyperEVM側を同じトークンが行き来できます(リンクの技術的な詳細はB-9で扱っています)。
コールドスタート問題とは、誰も注文を出していない新規トークンの板が空のままで、買いたくても売りたくても取引が成立しない状態を指します。板取引は参加者の注文が集まって初めて機能するため、HIP-1で発行と上場をプロトコル化しても、この問題だけは自動的には解決しません。その空白を埋めるために用意されたのがHIP-2です。
HIP-2(Hyperliquidity)は、HIP-1トークンの板に対して、プロトコル自体が自動で注文を出し続けるマーケットメイクの仕組みです。外部の業者やbotによるマーケットメイクと異なり、ブロック処理のロジックに組み込まれているため、運用する人間のオペレーターがいません。注文は約3秒ごとに更新され、買いと売りの価格差(スプレッド)を0.3%に保つ設計です。
その原資になるのは、デプロイ時にコミットされたトークンと、設定によってはUSDCです。この流動性は恒久的にロックされ、デプロイヤーを含めて誰も引き出せません。公式フロントエンドの基準では、総供給の1%超をHyperliquidityに割り当てることが求められます。perp側の流動性をHLP(B-18)が担うのに対し、スポット新規銘柄の初期流動性はHIP-2が担うという補完関係が、公式ドキュメントでも整理されています。
HIP-2の採用は義務ではありません。noHyperliquidityを指定して、この仕組みなしでデプロイする選択もできます。また、流動性が恒久ロックされることは、発行者が流動性を引き揚げて売り逃げる行為(ラグプル)への抑止として働きます。ただし、HIP-2が保証するのは「0.3%のスプレッドが常に存在すること」までで、厚い板や価格の維持は保証の範囲外です。コミットされた流動性が薄い設定であれば買い支えは弱く、売りが続けば、価格はあらかじめ決められた0.3%刻みの価格の系列に沿って、段階的に下がっていきます。
外部集計サイトの2026年8月上旬時点のスナップショットでは、Hyperliquidスポット全体の24時間出来高は約8,000万〜9,000万ドル(約126億〜142億円。集計元により差があります)。ペア別ではHYPE/USDCが約3割強で最大となり、UBTC・UETH・USOLといったuAsset系(B-11)の合計が約6割を占めます。同じ取引所のperpと比べると、日次ではおおむね数十分の一という規模感で、Hyperliquidは依然としてperp中心の取引所です。出来高は変動が大きいため、最新の数値は公式アプリや集計サイトで確認してください。
Spotタブに並ぶトークンは、出自で3つに分けられます。
同じ板に並んでいても、ネイティブトークンには外部の裏付けがなく、uAssetには発行・償還を担う第三者(カウンターパーティ)が存在します。裏付けの有無と管理者の所在が違えば、リスクの所在も変わります。
HIP-1の仕様上、自動で作られる板はUSDC建てです。これに対して、建て通貨として使える資産を、準備金(発行の裏付けとして保有される資産)の利回りの一部の還元と引き換えに公認する制度がAQA(Aligned Quote Asset)です。発行側がHYPEをステークし、準備金から生じる利回りの一部をプロトコルと共有することを条件に、手数料面などの優遇を受けられます。第1号になったのはUSDCではなく、Native Marketsが発行するステーブルコインUSDHでしたが、2026年5月にはUSDC自身もこの枠組みに乗り、CoinbaseがUSDCの公式treasury deployer(建て通貨の準備金運用を担う役割)に就任しました。USDHの経緯と現在地は、次の記事(B-21)で詳しく扱います。
PURRは2024年4月にテストネットへ登場した最初のHIP-1トークンで、HIP-1とHIP-2の実証第1号にあたります。販売は行われず、最大供給10億枚のうち約半分が初期ユーザーへエアドロップされました。外部集計サイトの2026年8月5日時点のデータでは、価格は約0.069ドル、時価総額は約4,080万ドル(約64億円)で、2024年12月につけた最高値からは約90%低い水準です。規格を実際に動かして見せた役割と、ミームトークンらしい激しい価格変動が、ひとつの銘柄の中に同居しています。
HIPはその後も拡張が続いており、perp市場の構築を外部に開放するHIP-3(B-18で触れたもの。詳細はB-26)や、予測市場型のHIP-4(2026年5月にメインネット稼働)も加わりました。本記事のHIP-1・HIP-2はその出発点にあたります。
出来高がHYPE/USDCとuAsset系の少数ペアに集中しているという数字は、残りの大多数のペアの板が薄いことも意味します。HIP-2の注文があっても保証されるのは最低限のスプレッドだけで、取引の薄い銘柄では、まとまった金額の売買で約定価格が想定から大きくずれやすく、値動きも荒くなりがちです。板の厚さは銘柄ごとにまったく違うため、注文の前に板そのものを見ておくのが現実的です。
ティッカーの落札代金は、その後デプロイするかどうかにかかわらず返金されません。落札されたままデプロイに至らないティッカーも存在し得ます。発行する側に立つ場合、落札額の全額が回収できない先行費用になる前提で考えることになります。
公式ドキュメントの上場廃止(delisting)ページが定めているのは、バリデータ投票によるperp銘柄の廃止と自動決済の手続きだけです。スポットのHIP-1トークンについては、上場廃止や強制決済の手続きが2026年8月時点のドキュメントに記載されていません。取引が細ったトークンが最終的にどう扱われるのかは明文のルールがなく、保有トークンの出口に関わる不確実性として残ります。
スポット市場を支える2つの規格を追いました。要点を振り返ります。
この記事のまとめ
次にSpotタブを開いたとき、並んでいるトークンが3分類のどれに当たるのか、その板は参加者の注文で厚くなっているのか、それともHIP-2の注文が下支えしているだけなのか、という視点から見えるものが変わっているはずです。そのうえで、ステーキングやHyperEVMでの利用というスポット残高にしかない使い道を踏まえると、HYPEを現物で持つことの意味も判断しやすくなります。
次の記事では、AQAの枠組みから生まれたステーブルコインUSDHの経緯と現在を扱います。